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水面に立つピラミッド ~里の食を手繰るシリーズ③~

僕の同期の協力隊員に「松野の動物博士」こと白井日向くんという、ちょっと変わった隊員がいます。

彼は動物専門学校を卒業後、手つかずの自然が残る松野町へ飛び込み、動植物調査を行う傍ら、そこで得た知見を活かしてネイチャーガイドもしている隊員です。

白井日向隊員。目下「松野の動物図鑑」作成中!

なにがちょっと変わっているかというと、彼の自室がこちら⤵

彼、ガチのゲーマーなんです。

ゲーマー自体は別に珍しくないと思うんですが、僕のイメージでは彼らはインドア派でした。

かたや彼、昼は圧倒的な大自然で動物探査、夜はモニター越しに仮想現実ミッション。
リアルとバーチャルを昼夜行き来するニュータイプです。
個人的には松野町で一番珍しい生き物は彼自身だと思います。




そんな珍博士に今回「松野の生態系の豊かさが分かる資料が欲しい」とお願いしたら、下のようなデータを作ってくれました。

なんか見たことありますよね?
これは「食べる/食べられる」の関係を表す「生態系ピラミッド」という図に、実際に松野町で生息が確認された動植物を当てはめたものになってます。

白井隊員が松野町で生息を確認した動植物リスト

町に暮らす僕ら人間はつい忘れがちですが、本来生き物は「周囲の環境・他の生物」と切っても切れない関係で結び付いています。

例えばクマタカが生存するにはアオダイショウが必要で、アオダイショウには二ホンヒキガエルが必要で、二ホンヒキガエルにはオニヤンマが~…といった具合に連鎖的に繋がっています。

つまりクマタカが一匹いるという事は、その背後には膨大な量の別の命と、それを支える環境が広がっているわけです。

もし、何かの拍子に肉食の高次消費者が勢力を拡大してしまった場合、その獲物になる草食動物が駆逐され、逆にその下の植物たちは草食動物がいなくなったことで増え出します。ところが、獲物がいなくなってしまった肉食動物は食料難で結局減っていきます。草食動物は食べれられて居なくなって、肉食動物は食べる物がなくなって居なくなり、彼らの糞を栄養にしていた植物も栄養不足に陥ります。玉突き事故みたいです。


こんな具合に、「どこか一か所」が特出したようなピラミッドではあっという間にバランスを崩して全体が貧しくなる一方、均整の取れたピラミッドでは互いに調整し合って豊かさを保つことが出来ます。



また、その良い状態の生態系内では単に「食べる/食べられる」の関係性だけではなく、「助け合い」の関係も網目状に広がります。

ピラミッド下部に位置して気の毒に見える植物も、しっかり上部の生き物たちに種や花粉の運搬係をさせてますし、アリとアブラムシのように互いに守り合う間柄の生き物たちもいます。
互いの成長に必要な栄養素を物々交換するキノコ(分解者)と樹(生産者)までいます。

猪などが食べた木の実が糞として遠くに運ばれ、植物の生息範囲を拡大

甘い蜜を出すアブラムシを天敵テントウムシから守る蟻

多種多様の食べる・食べられるの関係。
種類の異なる生物がメリットを交換し合って共存している関係。
そして、それらが常に巡り巡りながら絶妙なバランスで保たれている。

そんな生態系の豊さが、白井隊員のデータから垣間見えます。

生態系の多様さがもたらす食の豊かさ

で??
松野町の生態系の多様さはそれとして、僕ら人間の「食の豊かさ」にどう繋がってるって言うんだってなりますよね。


食いしん坊ならピンときてるはず。
そう、「新鮮な1次消費者と2次消費者」をほぼ一年中食べれます。


僕のご近所さんの家には猪・鹿肉専用の冷凍庫がありました。よく貰って食べきれないから保存用に~とのこと。その日は鹿ロース肉の赤ワイン煮を頂いてほっぺが音速で落ちました。
(美味しいジビエ記事はこちら!⤵)

記事リンク
山の中だから〇〇が美味い。

「やっぱり海のそばは魚が美味いね~」 よく聞く言葉ですよね。そして間違いない。 今住んでいる松野町のお隣には宇和島市という豊かな港町があるのですが、そこから運ばれてく…

もちろん季節ごとの山菜、マツタケまで取れます。てんぷら、かき揚げ、炊き込み、最高です。
町内の至る所に設置された蜂箱の中には天然のハチミツも溜まっていきます。透き通る甘さです。

それらすべては単体では存在できず、上のようなバランスの取れた生態系があるからこそ存在できているわけです。
生態系を食べていると言ってもいいかもしれません。

なるほど、つまり天然の山の幸にありつけるってことね!と早合点しそうになりますが、関係はさらに深いです。

ヒトにも及ぶ、網目状のネットワーク

上で、生態系には食べる/食べられるの関係だけでなく共生の関係もある、という話に触れましたが、実はこれヒトも例外ではないのです。

「生態系サービス」という言葉、聞いたことありますか?
僕はさっき知りました。

一言で言うと「我々人間が生態系から受け取る恩恵」のことみたいです。

例を挙げると、世界の作物および薬の素となる植物のなんと75%以上が、昆虫、鳥、コウモリなどの「授粉媒介動物」による授粉に依存しているそうです。

その経済価値は計り知れなく、平成28年2月に発表された「日本の農業における送粉サービスの経済価値を評価」では、以下のような試算が発表されてました。

「国立研究開発法人農業環境技術研究所」発表資料より

◆送粉サービス総額 約4,700億円
◆人為的に送粉者として用意した昆虫によるもの 約1,400億円
◆野生の送粉者によるもの 約3,300億円
とのことです。


トんでもないですね!!
僕はてっきり樹が育てば実は勝手に成ると思ってたんですが、アホ過ぎました。
その過程には授粉が必要で、それをこんなスケールで昆虫たちがやってくれていたとは。

ほんとか気になったので、同期の農業班の協力隊員に確認してみました。

本当でした。
松野町の特産品「桃」の美味しさの秘密には昼夜の寒暖差があった、という記事をシリーズ第一弾で書きましたが、気候だけでなく授粉という超重要過程にも自然が関わっていました。

記事リンク
訳ありの美味しさ ~里の食を手繰るシリーズ①~

2年前に東京から松野町へ住まいを移してから、日常にいろんな変化がありました。 何が増えたって食べ物を口に入れた時、美味しさにビックリして上を向くことが増えました。 パク…

生態系サービスは、送粉だけに留まりません。
果実の養分となる「土壌」は分解者たちによって絶えず栄養循環・維持され、その豊かな土壌を大雨による浸食から守っているのは、周囲に広がる植物たちの根です。

さらには農作物にとって天敵となる害虫や病気の抑制まで、生態系サービスに含まれています。


ちなみに詳しくは触れませんが、これら生態系サービスへの「支払い」として、僕ら人間の活動(農業、林業など)が里山の生態系へプラスの影響を与えている事実もしっかりあります。

「人間なんてが居なくなった方がぜんぶ自然に還っていいでしょ」と思われがちですが、実際に廃村になって人が去った里山では、荒れ放題の歪なピラミッドが出来上がっているそうです。(人口減少下における里山の生態系変化とその管理に関する研究→https://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/82/02-03.html



生々しく有機的な繋がり。
「里山型の食の豊かさ」の背後には、そんな切っても切れない関係性がありました。

多様な生態系ピラミッドが立つ、その足元

ところで、こんな美味しい大事なシステムが働いていると知ると、食いしん坊としては「無くならないか」心配になってきます。そもそもこのピラミッドを支えている「土台」ってなんでしょう?

全ての消費者を支える生産者の植物?それとも循環を担う分解者?
どちらも間違いではなさそう、けどもっと根元に迫りたい。





「水」です。



ずいぶん長いこと遠回りして忘れかけてましたが、今回の話しのスタートは「もう一つの松野の恵み、水」でした。

生態系ピラミッド下部で多くの命を支えている生産者(植物)には、水が不可欠です。森に降る雨の中には、植物の成長に必要な3大栄養素(リン酸・窒素・カリウム)が多く含まれており、天然肥料とも言われてます。(カリウムは少なめですが)

水が生産者(植物)を育み、一次消費者へ住処や食事を提供する。そして一次消費者が二次・高次消費者へと連なり、その全体の循環・代謝を担う分解者もまた水が育んだ植物に守られている。


そんなピラミッドを背景に、目の前に並ぶ美味しい食事。

『山だから〇〇が美味い!』の記事の中で、「どうして松野のジビエ肉はこんな美味しいんですか?」という質問を猟師さんにしたところ、答えが「水が綺麗だから。」だったという話を書きましたが、その意味が少し分かりました。


「都市型のピラミッド」にあったような見渡す限りの飲食店群も、目移りするような種類も、それを支える物流網もここにはありません。

が、人だけでは作り上げれないネットワークに支えられた「里山型のピラミッド」があること、そしてそれが「水」という普段当たり前に感じているものの上に立っているということが、この記事で少しでも感じられたら嬉しいです。

!次回予告!

と!!
完結風に〆ましたが、里の食を手繰るシリーズ、まだ続きがあります。

次回は水の話の続きから遂に松野町を飛び出し、山の反対側の港町・宇和島へと展開します!

イメージ的にも物理的にも一見無関係に映る里山と港町ですが、そこには水を通じて切っても切れない関係が隠れていました。



気になる続きはこちら!

記事リンク
あの山に笠雲がかかったら ~里の食を手繰るシリーズ④~

遂に来ました「里の食を手繰るシリーズ」第四弾。 第一弾で「甘味」という切り口から松野町の気候と農作物の関係を紐解き、 第二弾では「多様性」という視点から都市型の食の豊か…

【参考ページ】
・生態系ピラミッドとは?→https://study-z.net/100080596
・生態系が崩れるとどうなる?→https://toyokeizai.net/articles/-/43220?page=2
・【共生関係】アブラムシは甘い液をアリにあげてテントウムシから守ってもらうって本当ですか?→https://smallzoo.net/%e5%85%b1%e7%94%9f-%e3%82%a2%e3%83%96%e3%83%a9%e3%83%a0%e3%82%b7-%e3%82%a2%e3%83%aa
・生態系における「寄生」と「共生」について→https://nougyoudoboku.com/parasitism-symbiosis/
・生態系サービスの分類例→https://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/valuation/service.html
・調整サービスについて→https://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/valuation/popup_service2.html
・【研究成果】農地で花粉を運ぶ昆虫を簡単に調査
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/niaes/152077.html
・日本の農業における送粉者(昆虫)の重要性とは?→https://www.kaku-ichi.co.jp/media/tips/pollinator
・人口減少下における里山の生態系変化とその管理に関する研究→https://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/82/02-03.html
・送粉者の経済的価値の試算(国立研究開発法人農業環境技術研究所)https://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/press/160204/
・森林が持つ土壌浸食防止機能(岐阜県森林科学研究所)→https://www.forest.rd.pref.gifu.lg.jp/rd/ikurin/0206gr.html
・植物に適した水|雨水or水道水?水やりには水質も関係があった→https://goofam.com/rain-water/
・雨の成長促進効果について→https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=3293



【協力】
白井日向(松野町地域おこし協力隊)
井上暁博(松野町地域おこし協力隊)
愛媛県庁自然保護課

【画像引用元】
猪:https://www.travelbook.co.jp/t-222/topic-66263/
蟻とアブラムシとテントウムシ:https://www.syoei.ed.jp/blog/post/%E4%B8%89%E8%A7%92%E9%96%A2%E4%BF%82
シータ「土から離れては生きていけないのよ!」:https://www.fine-jii.com/2st-floor-layout/
ブッダ:https://tezukaosamu.net/jp/mushi/201104/special1.html
ピラミッドを背景に食事:https://onl.tw/hea5dYT

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