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あの山に笠雲がかかったら ~里の食を手繰るシリーズ④~

遂に来ました「里の食を手繰るシリーズ」第四弾。

第一弾で「甘味」という切り口から松野町の気候と農作物の関係を紐解き、
第二弾では「多様性」という視点から都市型の食の豊かさに、
続く第三弾で、里山型の食の豊かさに迫ってみました。

そこで至った美味しさの元素「水」。

今回はその水が、実は「山の幸だけでなく海の幸の土台にもなっている」というお話をしたいと思います。

風が吹けば桶屋が儲かる的な視点から

皆さん明日の天気がどんなか知ってますか?

大事なデートや家族旅行の予定が入ってる人だったら気になるところですよね。
そしてそんな時はサクッとスマホで「天気予報」をチェックするはず。

膨大な統計データや雨雲レーダーなど科学的な根拠を持つ現在の「天気予報」は、大昔の人からしたら超能力レベルの精度になっています。

しかし、そんな科学が発展していなかった時代にも天候予測はありました。

昔の人だってデートはしたし、それじゃなくても漁師や農家の人達にとっては天候は日々の死活問題でした。そんな中で「周辺の自然環境や動物達の動き」から経験的に天候を予測する「観天望気(かんてんぼうき)」という技術が深化してきたわけです。


その多くはパッと聞き「関係なくない?」と感じるものがほとんど。
例えば、
・燕が低く飛ぶと雨が降る
・猫が顔を洗うと雨が降る
・カマキリが高い位置に卵を付けたら大雪
・太鼓の音が遠くまで聴こえれば晴れ


などなど、よくそこに因果関係を見出したなと驚くようなものが全国各地に残っています。


そんな「風が吹けば桶屋が儲かる」的な観天望気の「松野町での実例」を入口に、同じく一見疎遠に見える「森と海」の深い関係に迫ってみます。


『森の濃縮液』の行方

松野町の代表的な観天望気に、
「あの山の頭に笠雲がかかったら間もなくこっちで雨が降る」
というものがあります。

最初聞いたときは「ほんとかなあ」と半信半疑だったんですが、2年近く意識してみるようにしてたら、本当に高確率でその通りでした。

この「あの山」というのが、「鬼ヶ城」という複数の山々連なった山系の一部にあたります。

海側から見た鬼ヶ城山系

鬼ヶ城山系上空から見た宇和島湾

鬼ヶ城山系内のブナの原生林

海岸線から直線距離にしてたった2km程で標高1,000mを越えるこの「鬼ヶ城山系」はその一部が国立公園にも指定されており、植生豊かなブナの原生林まで残す貴重な山域です。

地図で見ると丁度、宇和島と松野町の間にコンパクトに収まる形で鎮座しています。

海からの湿った風がこの山々にぶつかり、上昇気流となって斜面を駆け上るうちに気温が下がり、水蒸気が凝結して「雲」へと変わります。
そして、雨雲に成長した雲がこの山系の頭にかかり、その数時間後に雨となって里側(松野側)に降り注ぐわけです。


この雨が里山の生態系にとってどれだけ重要かは前回記事に書いた通りで、その中で「雨はそれ自体が天然肥料」と書きました。
実はこの雨、降った「後に」更にパワーアップしてるんです。


ブナをはじめとする広葉樹が残る森の土は、ふかふかしてます。
その保水性の高い土壌に降った雨はゆっくりと時間をかけながら地中深くまで染み込んでいき、その過程で微生物たちが分解した窒素・リン酸などが増強、さらに鉱質土層に含まれるナトリウム、カルシウム、マグネシウム、カリウムといったミネラル類までたっぷり水に溶け込みます。

『森の濃縮液』の完成です。

それはゆっくり川に染み出し、人の農作物を含む里山の生態系すべてを育んでいます。

川を流れる『森の濃縮液』

森って、すごいですね。
そして深い森を持った里山って、親ガチャならぬ環境ガチャの当たり組にふさわしい。



と思いきや、この恩恵はなにも里山だけが受け取っているものではありませんでした。

上に書いたことと同じことが、鬼ヶ城山系の反対側、つまり「海側に降った雨」にも起きるのです。

先に触れた通り、この鬼ヶ城山系は「宇和島と松野の間に」位置しており、海岸線からすぐ深い森が広がっています。

そこでも同じように雨水は土壌に染み込み、森の栄養素をたっぷり含んだ水となって川に染み出しています。そして川を伝ってすぐ、森の濃縮液は大海原へと注ぎ込みます。

里山では主に植物がその水の恩恵を受けて昆虫、小動物、大型動物へと連鎖が続いていきましたが、果たして海では何が起きるでしょう?


4つの奇跡が重なった無限デリバリ―付物件「宇和島湾」

宇和島と聞くと「鯛めし」が浮かぶ人が多いかと思いますが、真鯛以外にもみんな大好きブリ・ハマチ、最近まで養殖不可能と言われ続けてきたマグロまで、この海の環境を生かして養殖されています。また、天然魚も種類・品質共に最高水準の海になっています。


どうして宇和島湾がそんなに豊かなのか。

その答えの一つが、「森の水」なのです。




里山に生態系ピラミッドがあったように、海にも「海の生態系ピラミッド」がちゃんと存在します。そして、その最下段、母なる海の膨大な命を最も多く支えている存在が「植物プランクトン」です。

植物プランクトンから連なる海の生態系ピラミッド

名前に「植物」と入っているだけあって、陸の植物と同様、その成長・増殖には窒素やリン酸が必要不可欠となります。

では、海の中でその必須栄養素が一番溜まっている場所はどこでしょう?



正解は「海底」。



海洋深層水って聞いたことありますよね?綺麗で栄養豊富ということで少し高価なものもある、あれです。なぜわざわざ深い海底から汲み上げているかというと、ほっとくと水中の栄養素はどんどん下へ沈んじゃうからなんです。

じゃあ植物プランクトンも栄養が溜まってる海底を陣取ればパラダイスではと思いきや、彼らにとってそこは「死の領域」。深すぎる為に光が届かず、せっかく栄養を得てもそれを使って行う光合成が出来ない上に、酸素濃度も低く呼吸もままなりません。


しっかり光が入り、酸素も栄養素も豊富なところ。
そんな植物プランクトン達にとって夢のようなロケーションが、「宇和海沿岸部」になってます。

そこには少なくとも『4つの好条件』が奇跡的に重なっています。

一つ目が今回の主役『森からの栄養素の流入』です。
海面から蒸発した水分が風に乗って陸側へ運ばれ、沿岸部からすぐにそびえたつ1,000mの壁・鬼ヶ城山系にぶつかり、雨となって降り注ぎます。

そこから森の栄養素をたっぷり含んだ水となって海に戻ってきて、光の届く深さの沿岸部にじんわりと広がります。

ただこれだけでは栄養素の広がりに限界があり、せっかく流入した栄養素も時間と共に光の届かない海底へ沈んでいってしまいます。



そこで2つ目の好条件『底入り潮』の登場です。
宇和海を含む豊後水道では、定期的に海底から押し上げるようにして陸に押し寄せる潮の流れが存在するのです。

この底入り潮は1990年代から報告は確認されてきたものの、そのメカニズムは未だ解明されていない謎の海流です。

正体は謎のベールに包んだまま、多大な役割を果たしてます。

なんたって栄養貯蔵庫のようになっている海底からせり上がってくるわけですから、栄養満点プランクトンウハウハです。
森から注ぎ込んで沈んでいった栄養素もこの海流のおかげで定期的に海面へ舞い戻ってきます。


しかし!栄養は多ければ良いってもんではありません。
漁師であれば震え上がる程の災害である『赤潮』も、海の栄養が多すぎた為に発生する現象です。

2011年に静岡県熱海市綱代漁港で発生した赤潮

栄養過多になった海では植物プランクトンが大量発生してしまい、一帯の海を極度の酸欠状態に陥らせてしまうのです。
また、そこまでに至らなかったとしても栄養素が淀んだ海は濁っており、植物プランクトンに必要な日光の妨げになります。


ここで登場する3つ目の好条件が『黒潮』です。
こちらは太平洋をぐるりと巡回する巨大海流で、「海のハイウェイ」とも呼ばれています。このハイウェイのインターチェンジの一つが宇和海になっており、透明度の高い海水が定期的に流れ込むことで海が透き通り、光が差し込む領域が広がるようになっています。

また「急潮」とも呼ばれるその激しい勢いで、川から注いだ栄養素を湾内に広く行き渡らせる働きも担ってくれます。

取材先の養殖業者さん。「この海は一日の間に濁ったり透き通たりを繰り返す」とのこと。

極めつけは沿岸部の地形で、魚たちが好むギザギザの『リアス式』。野生の魚たちは住処にも困りません。養殖にもバッチリな地形です。
これが4つ目の好条件となり、世界的に稀に見る『奇跡の海』の完成です。


人間の家でもそうですが、日当たりの悪い密閉された家に住みたがる人はいません。宇和島湾は、大きな窓から透き通った風(黒潮)が通り、日当たりも抜群。くつろぎ感MAXの備え付き家具(リアス式)に、天井には室内の空気を循環させるシーリングファン(底入り潮)まで付いた超快適物件です。

そこに栄養たっぷりの美味しい食事(森からの栄養素)まで絶えずデリバリーされてくるわけですから、そんな場所は生き物たちで賑わって当然と言えます。

漁民たちの間で生まれた合言葉『森は海の恋人』

全四回に渡って書いてきた「里の食を手繰るシリーズ」。
里山の土台にあった水を手繰って行きついた先は海でした。

地元で代々受け継がれる観天望気のように、「遠くて近い森と海」の関係についても「経験知」として、その土地その土地で引き継がれてきました。

近年はそれを裏付けるように、最新の分析技術がその複雑なメカニズムについても解明を進めています。

そういった研究に呼応して、2009年には『森は海の恋人運動』と題して「漁民たちが森に木を植える活動」が宮城県気仙沼から始まり、いまでは全国に広がりを見せています。



海の幸が山の幸を守り、山の幸が海の幸をさらに美味しく。


皆さんもどこかの旅先で美味しい海や山の幸に出逢ったら、「この海の恋人はどの森かな」とか、「山がこんなに美味しいなら、パートナーの海の方も美味いに違いない」と欲張ってもう片方の幸にも足を運んでみてはいかがでしょうか。






きっと、僕みたいに肥えますよ^^


では!

【参考ページ】
・観天望気の世界:https://itoponsite.com/weather-and-proverbs/weather-sayings-creatures-2/
・鬼ヶ城山系を含む足摺宇和国立公園の区域マップ→https://www.env.go.jp/park/ashizuri/uwakai1214.pdf
・山の天気はどうして変わりやすいの?→http://sittoku-zatsugaku.com/weather-in-the-mountains/
・降った後の水に起きること→https://www.suntory.co.jp/eco/teigen/jiten/environment/05/
・土壌からの窒素・リンの流出について→https://www.jstage.jst.go.jp/article/dojo/68/6/68_KJ00002453135/_article/-char/ja/
・海洋深層水について→https://ulunom.tokai.jp/column/detail/243
・河川は、陸から海へさまざまな物質を運ぶパイプ→https://www.suntory.co.jp/eco/teigen/jiten/science/05/
・宇和海の豊かさと2つの潮について→
https://uwajima-shinju.com/pages/bluepink
https://www.yanmarmarche.com/article/tips11/
http://akashio.jp/explain.html
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-20H01972/
・魚付き林について→
https://kidetatetemiyou.com/sodateru/article24.html
http://jscf.jp/glossary/01A/uotukihoanrin.html
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/842562
https://www.jstage.jst.go.jp/article/suirikagaku/56/3/56_62/_pdf
・NPO法人「森は海の恋人」→https://mori-umi.org/



【画像引用元】
・鬼ヶ城山系画像引用元①:http://onoyan891.blog112.fc2.com/blog-date-201812.html
・鬼ヶ城山系画像引用元②:https://suzukitasuku.com/sanbonngui_kushigamori_onigajouyama/
・海の生態系ピラミッド:https://cool-hira.hatenablog.com/entry/2022/05/20/060348

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